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高齢社会の家族関係

2008.06.13 (Fri)

 日本では、高齢社会をサバイバルする家族関係再評価するという発想がきわめて弱い。むしろ家族関係が個人の自由を束縛する元凶であるかのような論議が続いている。福祉の分野でも、家族について言及しようとすると、家族がいない人々の存在を前面に押し出して、社会福祉の充実を主張する論議に圧倒される。確かにハイリスク・ターゲットに接することの多い福祉関係者の感覚としては分かるが、今はポピュレーション・アプローチをとって考えるべき時代である。
 介護保険制度の下で「介護の社会化」論によって、高齢者自身の判断によって、サービスが利用され、それができない高齢者には成年後見人が代わりになって判断するというような枠組みが打ち出されているが、それでも100%の高齢者がそうした仕組みで行動しているとはいえない。相変わらず家族を頼りに行動しているといえよう。制度的に家族を一体のものとして捉えることで、自由や平等が損なわれているとする考え方を徹底しようとすると、扶養家族という考え方もいったんは否定しなければならなくなる。後期高齢者保健制度の提起した問題もそうした面からみると、また違った評価もできる。
 日本でくすぶり続ける高齢社会の家族問題は、財産相続問題である。日本では財産の生前贈与、あるいは死後相続を民法上に位置づけ、税の大型免除を図っている。しかし、政策立案者の中には、相続税を社会福祉の財源として注目すべきだという向きもある。また今の民法の規定では、老親の介護をだれがやろうとも、そうした事とは関係なく財産相続権が発生するので、実際に介護してきた「嫁」は労苦が報われなかったという不満を爆発させることが多い。日本の家というのは、情愛によって結ばれた関係なのか、財産経営を柱とする関係なのかという古典的な論争があるが、問題状況がこじれるケースをみる限り、どうも財産経営体なのかもしれないと思ってしまう。
 ドイツの農民家族の間には、家族契約という商法上の取り決めがあり、財産の生前贈与が、老親と相続者との間で事細かな反対給付の規定を盛り込んでいるという。家屋敷は長男に贈与するから、老後の食料は長男が支援し続けるとか、介護が必要になった時は、世話をするとか、死後の墓地の世話は長女に期待するから、畑は長女に分けるとかいった具合の商法上の取り決めが交わされるのである。そして、いよいよどうしても老親が介護できなくなった場合についてはその義務の履行を免責するというようなことまで、文章化するという。
 日本の家族は、自分たちの個々人間の利害調整を十分に図らないまま、また社会に対して自分たちの財産を供与することなく、賦課型の社会的支援システムに寄りかかろうとする限り、持てるものと持たざるものの格差はいっそう深刻になるだろう。(2008.6.9)
18:06  |  理事  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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