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カップリングとデカップリング

2008.06.15 (Sun)

 若者は、カップリングという言葉を聞くと楽曲を組み合わせることをイメージするようである。しかしデカップリングという言葉を聞いてもないがなんだか分からないという。一方ヨーロッパ農業政策や工業技術などを研究している人は、デカップリングという言葉を聞くと、衝撃の緩和策や結合度を下げる技術とかをイメージする。この二つの言葉は、英語では対語なのである。一方が結合、他方は分離を意味する。
 ヨーロッパ諸国は、EU体制を取ることを決意した時に、一国の農業を越えた共通農業政策を取ると決めた。その共通農業政策の展開過程で、農産物価格を一定水準に維持して、消費者と生産者の利害調整を図る、いわゆる価格支持政策を見直さなければならなくなった。価格は市場の競争原理に委ねるべきだということになったのである。しかしそうすると農産物の生産者は、農産物価格の低下によって生活できなくなることが懸念された。そこで取り入れられたのがデカップリングという手法であった。農産物価格支持という名目に抱き合わせて生産者に支払われていた支援金を、所得補償として別出しするという手法である。いわば生産支援と生活支援の抱き合わせを解消し、生活支援を独立させたのである。
 考えてみると日本の政策にはそうした抱き合わせがあちらこちらでみられる。市場原理至上主義者には、それが目障りでならないらしい。そこで農業にしても公共事業にしても、市場の原理に委ねるべきだという主張を繰り返す。地方では、兼業農家が国策で守られた稲作農業をしながら、公共事業で現金収入を得たり、地方公務員の生活をしてきた人がたくさんいる。そうした暮らしを可能にしていたすべてのカップリングが消えてしまうと、当然暮らしが成り立たなくなる人が増える。デカップリングするなら、そこで切り離された部分に対して独立した政策を展開しなければ、社会不安が高まるだけである。社会保障や社会福祉や環境保全の課題がそこに浮かび上がってくる。それが相当のコストを食うことであるとするならば、あらためて新しいカップリングを考えることも選択肢のひとつではないだろうか。(2008.6.10)
12:54  |  理事  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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