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エクメネ

2008.10.10 (Fri)

地理学では、エクメネという概念がある。人が住める地域という意味で、ギリシア語に由来するという。この反対語がアネクメネである。このふたつの地域を分ける要件は、多くの場合は自然的条件である。あまりにも寒いところ、逆に熱いところ、あまりにも高いところ、逆に低いところには、人間は住めない。ところが人間は技術を開発し、エクメネを拡大し続けてきた。宇宙開発の結果、将来的には大気圏外も人間のエクメネとなる可能性さえ出てきたといえる。
ところが、逆にこれまでエクメネだった地域がアネクメネに変化している事実がある。水の枯渇による砂漠化、海面上昇による低湿化、地震や洪水や噴火や地震による被災などなど、次第に人間はこれまで住んでいた所から撤退を余儀なくされている。そしてこうした問題の日本的な現象の一つとして、「限界集落」という概念が提起されている。元来この概念を提起したのは地理学者であるから、その背景にはこのエクメネ論がある。標高の高い地域、都市部から遠い地域などを高距限界地域などという概念も使われてきたので、研究者の中ではあまり抵抗がない概念であったのだろう。
しかし行政やマスコミが「限界集落」という概念を多用するに及んで、そこに住む住民からの反発が飛び出している。「人が住んでいるところを、なにも知らない他所の人間が限界集落などというな!」という怒りが爆発している。人類学では、客観的に外側から観察して規定する概念をエティックな言葉の世界といい、その反対に、そこに住んでいる人が内側で了解して使っている概念をイーミックな言葉の世界として対比しているが、まさに「限界集落」というのはエティックな概念そのものである。住民の反発を呼ぶようでは、たとえねらいが住民の生活支援をめざすために使われた言葉であったとしても、あまりよい概念とはいえない。
山口県では、「小規模・高齢化集落」という代替概念で統計的事実に即した検討を進めており、長野県では「生涯現役集落」、京都府の地方からは「水源の里」などといった代替概念が提起され、宮崎県などは代替概念を公募するまでになっている。国土交通省は「維持存続が危ぶまれる集落」、内閣府は「基礎的条件の厳しい集落」というような言い換えをしている。こうした言い換えは単なる言葉の遊びではない。地域政策概念として力を発揮する可能性がある。「過疎地域」、「離島・半島」の概念で何十年もの間、行政支援が行われたように、最近では「中山間地域」という概念でさまざまな支援策が講じられたように、きわめて重要な問題提起なのである。
09:11  |  理事  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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